設立趣旨

日本では以前から、公教育制度の改革の必要性が多くの人によって提唱されてきましたが、旧来の教育制度のあり方による影響から抜け出すことができず、個人や社会にとって教育を受ける機会が有益なものになっているとは言えない状況が依然として存在しています。第二次世界大戦後、日本の政治体制は君主制から民主制へと変化し、その中で民主社会を健全に発展させることの担い手としての「自律的に思考できる個人」の育成が課題となりました。
それに加えて、1990年代以降の世界ではグローバル化などが進展したことにより、日本の産業社会は大きな方向転換を迫られ、主体的に問題を解決に導ける能力や創造力を有していることの重要性はより高いものになっています。
このような流れを受けて、公教育制度においてそれまで主流であった知識量偏重型の教育の見直しに対する気運が高まり、様々な教科の学習で得た知識を活用することを目的に「総合学習の時間」が導入されましたが、その際教員に提示された授業モデルが量的・質的の両面で不十分であったことなどが原因で適切な評価を受けることができず、現状では従来の授業体系への揺り戻しが起きています。
 この点、私たちは海外の教育制度で学んだ経験を持つ帰国生が日本で大学教育を受ける機会を得るためのサポートに長年携わってきました。彼らは自分の母語とは異なる言語が日常的に使用される環境の中で言語面での発達や知識の習得において年齢相応の水準に達していないケースが多く見られる一方で、学校の授業内で与えられたトピックに関して関連する情報を自発的に探求し、それらを結びつけながら自分なりの考えを提示したり議論したりすることが求められるなど、「ゆとり教育」においては実現できず、旧来の知識量偏重型の教育では望むことのできない知的体験を得ています。また、日本での大学入学も帰国生入試やAO入試という特別入試制度を通じてという場合が一般的で、これらの入試制度には志望理由書を作成したり小論文試験を受験したりといった通常の入試制度とは異なる特徴があります。
このような試験で充実した成果を上げるには高い説得力を有する文章を書く能力が必要となり、それを習得する過程は、社会問題や人文・社会科学的な問題に関する文献を多く読み、その内容に対して批判的な検討を行うことだけでなく、自分でそこで得たものを関連付けながら主張を形成する、もしくはそれを他の人とのコミュニケーションの中で修正するプロセスを含んでいます。
帰国生が受験準備を行う予備校や塾では、小論文の構成だけでなく内容においてまで教師が指定したものを覚えこませるという従来の指導スタイルの延長線上にある形で対応するところもあるようですが、私たちは生徒が主体的に考察を深めるというプロセスを重視するということを基本理念に指導を行ってきました。
そのため、大学受験において一定の実績を修めるだけでなく、受験に向けた準備において生徒一人ひとりが自主的に学び考え、口頭や文章の形で表現する能力を習得することが一定程度実現できたがゆえに、入学した大学の教員から私たちの指導した生徒が高い評価を受けるということも少なからずあると聞いています。
 現在、帰国生は英語運用能力や海外体験の豊富さから日本がグローバル化する世界の中で存在感を増すために必要な人材として注目を集める傾向にあります。
しかし、上で述べた社会状況を鑑みると、学びにおいて「受動的」ではなく「能動的」であることが要求される形で大学入学までの教育を受けられる可能性があり、「自律的に思考できる個人」へと成長することが期待できるといった面にも焦点が当てられるべきですし、同時に思考の基礎となる言語の習得などにおいて様々な困難に直面する彼らの持つ可能性を開花させるための適切な教育的サポートとはいかなるものかということを真剣に追究しなければなりません。
私たちは帰国生の学習において多様な形で支援を行ってきた経験を活かし、個別の生徒が抱える問題を解消するために私たちができることに関する模索や実践をこれからも続けることで、彼らが大きな変化が予想される社会の中で大きな役割を担えるよう教育手法を精緻化させたいと考えています。
 また、日本より先に産業社会の転換を迎えることになった欧米においては、思考力が高く創造性豊かな人材を巡る競争が激しさを増しており、日本国内でも教育のあり方を考え直すことが急務と言えます。
しかし、上でも述べたような「ゆとり教育」と知識の多さのみが学力と評価される教育の間で振り子のように揺れる日本の教育の現状は、次世代を担う人々に求められる能力の習得につながらないばかりか、彼らから自発的に学び考える意欲を十分に引き出せないままでいます。
一般的にはAO入試は学生の学力を低下させたという根強い批判があるものの、社会的に有意な活動をしている卒業生を多く輩出する大学の一部には小論文試験を積極的に取り入れようとする動きがあり、これは小論文試験に向けた学習が適切な形で行われれば大きな将来性を秘めた人材の育成が可能になるという認識が一定の範囲の大学の教員に共有されていることを示しています。
私たちには、日本の教育制度で学んできた大多数の子どもとは教育的な背景が異なる帰国生を対象にしてきたとは言え、小論文を中心に思考力や論述力を高めるための教育に先駆的に取り組んできた経験があり、それを基に「自律的に思考できる個人」を育成するために望ましい教育のあり方とはどのようなものであるかということについての考察を継続的に行ってきました。
今後もこのような方針の下で教育的な模索・実践を行い、その成果を広く社会で共有されるような取り組みを続けることにより、より多くの人々がその潜在能力を現実のものにし、社会的に有益な活動に主体的に臨めるようになるための土台を構築できればと考えています。
 我々が上述の方針の下で行う活動は、様々な分野における中心的な人材を育成することを可能にする点で、社会全体の利益に資するものだと考えます。
また、昨今、帰国生の教育に関しては予備校や塾といった営利的な主体が参入していますが、そこでは伝統的に将来の受講生をより多く確保するために、充実した受験実績を修める可能性の高い生徒に入塾後早い段階で関心が集まり、そうでない生徒の指導がおざなりになることが珍しくありません。適切な教育による恩恵をできるだけ広範囲な人に享受してもらうという目的を達成するためにも、「学びを結ぶ会」は特定非営利活動法人という立場から活動を展開していきたいと思います。

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